むかしむかし1万年以上も前
天玉人(てんだまじん)と悪玉鬼(あくだまき)は壮絶な戦いをいく度となく繰り返し覇権を争っていた。
悪玉鬼の中に豪鬼アニサキスという鬼がいた。
蛔戎(かいじゅう)アニサキスと呼ばれ天玉人はおろか同族の悪玉鬼にも恐れられるほどの力を持ち悪玉軍の筆頭将軍の一人だった。
アニサキスは兎に角強かった。
片手を振るうだけで町は野になり両手でエネルギーを籠(こ)めるだけで湖は砂漠と化した。
天玉軍もアニサキス軍との戦いが手強い為、天玉界で武神と言われる戦いに長けた神を送り応戦していた。
しかし武神達も各軍の指揮を務めている為、自分が持ち場を離れ、兵士だけになると士気も落ち、それに乗じて均衡が崩されれば一巻の終わり。
時間だけはかけたくない状況だった。
アニサキスはその状況こそが鍵だと確信していた。
あの男が現れるまでは。
アニサキスはどの天玉界の武神が動くかと手ぐすねを引いて待っていた。
武神が数で来られても戦況を変えるだけ持ちこたえる自信もあったし、数が少なければ自分一人で武神自身も葬ることができると考えていた。
しかしアニサキスの前に突然現れたのは多勢でもなければ武神でもない名も知らない一人の男だった。
男はアニサキスに攻撃してきたのでアニサキスは軽くいなそうとした。
男の攻撃を受け止めたアニサキスの右腕に走るのはいなした感覚ではなく、今まで感じたことのないようなドゥアンという鈍い重みと痛みだった。
同時にアニサキスの脳内のアドレナリンは最大量に達した。
アニサキスは生まれた時からこの瞬間まで、これ程の攻撃を受けたことがなかった。
驚きと同時に、全力で戦える相手との出会いに心を震わせた。
アニサキスはなぜここまでの逸材が今まで隠れていた事が不思議で仕方がなかった。
悪玉界や善玉界の中でもここまでの力を持ったものは数名しか知らない。
アニサキスは名のある強者はおおよそ対峙したことがあるつもりだ。
しかしこんなヤツは見たこともない。
戦いは数時間も続いた。
アニサキスは戦いを心底楽しんだ。
これが戦いなんだと。
そして命を奪われるかもしれないという恐怖というものを初めて感じた。
この胸の詰まる暗闇に引きずり込まれそうな感覚こそ恐怖なのかと。
この感情を味合わせてくれたこの男がなんだか許せなくなった。
自分が初めて弱者にされたようで血が沸き上がるほど怒り狂った。
しかもこの男は容姿端麗
身に着けている装備はどれも高貴なものだった。
特に頭につけている宝玉と左右に広がる羽飾り、黄金に輝く鎧
自分の顔にはその昔、天玉界の武神に傷が重なるような二つの刀傷をつけられている。
あの傷をつけられた時、相手の武神には怒りを通り越し、我が身を傷つけることができたことに賞賛すらしたほどだ。
なのに何だこの感情は・・・
名を尋ねるとすぐ近くの集落に住んでおり、この戦いがうるさいのでただ止めに来たそうだ。
まるでご近所の騒ぎを叱りに来たような物言いだ。
その集落の種族の名前を聞いたら男は「カバ族」と答えた。
カバ族・・・カバ族・・・天玉神の末裔の一族の一つ カバ!
瞬時にアニサキスは思い出した。
天玉神とは天玉人の中でも皇族クラスの一族の一つ
アニサキスの武勲がまた一つ増えことを確信した。
見つけることが雲をつかむように難解な場所を目の前の男はいとも簡単に教えてくれたのだ。
フフフ・・・傲慢な男よ・・・
それだけ生きて帰れるという自信に満ち溢れているという表れが、アニサキスに苦虫を噛ませる。
このアニサキスに傲慢な態度をとっていいのは我が主だけ。
主をも愚弄する行為に思えた。
アニサキスは自分の舌を勢いよく伸ばし、その舌先はまるで獣のように牙を剥いた口を開けている。
更にその舌はカバ族の男に襲い掛かった。
カバ族の男は鼻で笑い舌先を指で弾き飛ばした。
弾かれた舌が今度はカバ族の男に巻き付き拘束した。
その時アニサキスは全身の悪玉力を無数の針のような形に変え数千万本の針の雨をその男に向けた
降りかかる針が男に突き刺さる。
その針は体に刺さったまま今度はウネウネと動き出しその男の体の中に入り込んだ。
アニサキスは勝負あったと確信した。
身体の中に入った針はまるで寄生虫のような役割を果たし一度入ったが最後、体中の臓物を食い破り姿形を醜いものに変え死に絶えるまで出てこない。
さぁ!もがき苦しめ!
この技で数多の天玉人の猛者を葬った。
アニサキスの超必殺技の一つである。
カバ族の男は絶叫した。
それと同時に全身に激痛と痒み吐き気がいっぺんに襲った。
男は数多の修行を行ってきたがここまで激痛を伴う痛みを味わったのは始めてだ。
アニサキスは苦しむ男を横目に、男が来た方向を指さし、その指を光らせたと同時に、男が来た方角のほぼ全域を一瞬で爆ぜさせ赤く染まる大地に変えた。
もがき苦しむカバ族の男はもう見るも無残な姿に変わり果てている。
元々の容姿端麗な姿はダルダルに緩んだ皮膚のような状態で残り、その皮膚の中からうごめく肉塊がモゾモゾとはい出てきた。
アニサキスは大きく口角を上げた。
大きな武勲である皇族の一族を壊滅し、その強大な力を持っていた男をも見るも無残な姿に変えた事に高揚した。
この技を食らった者は想像を絶する痛みに伴い、見るも無残な姿に変わる。
本来ならこの技を受けた事を称賛しこれ以上苦しまないよう礼儀としてアニサキスは殺しているがどうにも気が収まらないアニサキスはこのまま生かすことにした。
その身が尽きるまで一生虫けらとして這いつくばるといい。
アニサキスをそこまで思わせるほど自身の力に対する絶対的な自負は傷つけられたのである。
もう少しでこの地域も掌握できたもののアニサキスは身体も心も憔悴し限界だった。
やむを得ず予定を変え、主に報告する為に自制の聞かないボロボロの身体をコントロールしながら飛び去っていった。
去った場所に残るのは、焼けただれた大地と蠢く肉塊
その肉塊をよく見るとどんどん姿かたちを変えた。
これはアニサキスの技の真の恐ろしさだった。
ただ苦痛を与えて殺すだけではなく、容姿まで変えて絶望させたまま殺す恐ろしい技
この技を食らって今まで生きていた者はいない。
武神も払いのけることはせず、ただただ避けるしか方法はなかった。
蠢く(うごめく)肉塊は蛇のような姿になりだんだん頭の方からカバのような形に変化していった。
その時身体が激しく金虹(きんこう)色に包まれた。
蠢く肉塊は、皮だけになった男の亡骸を大きな口を開け丸飲みし、蠕動運動しながら草むらへと消えていった。
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